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「BAO(バオ)」というのはベトナム語で「新聞」という意味です。
「BAO読んだ?」とみんなが学校で話してくれるのが、ベトナムにいる私が一番嬉しいことです。
■ 今月のニュース 「日本・ベトナム両国の歌手がチャリティーコンサート」■
8月15日夕方、青年文化会館において、青年団と日越友好協会の協力により、「平和な世界のために」という名前のチャリテイーコンサートが開かれ、日本とベトナムの両国の歌手が共演して歌い、当日の会場には500人以上の若者の観客が参加した。
そして今までに日本風の折り紙の記念品作成や、このコンサートで入場券などを売って得た売上の総合計は、79,000,000ドン(約55万6千円)に達し、それが寄付金としてトウーズー病院の中にある平和の村に、枯葉剤障害者を助けるために贈られた。
日本から参加した歌手たちの中には、かってアメリカがベトナムで戦争していた当時に、ベトナム戦争反対運動に参加した人たちもいた。
その当時の反対運動の言葉の中にも、まさしくこの日に日本からの参加者の一人であるTAKAHASHI BENさんが歌ったような言葉があった。
「永遠なる平和を若者たちのために取り戻せ!」という言葉である。
(解説)
私もこのチャリテイーコンサートを聞くために出掛けました。公演の始る7時頃には8割方の席が埋まりました。そして正面中央の席の3列は、手や足に障害を負った子供たちが、ある子は大人に抱きかかえられて着席しました。その数は全員で約30人はいたでしょう。
この記事の中にある、トウーズー病院の「平和の村」の枯葉剤被災者の子供たちでしょう。
日本から来た歌手は、KITAGAWA TETSUさん、TAKAHASHI BENさん、HASHIMOTO NOBUYOさん、MURAYAMA YUKIKOさん、などでした。しかし私には、初めて見る歌手の人たちでした。
ベトナム側からは、Tran Tien(チャン テイエン)、Cam Van(カム バン)、My Le(ミイー レー)、Tam Ca Ao Trang(タム カー アオ チャン)などの年配、若手双方から参加。
最初に双方の代表の挨拶からスタートして、日本側の歌手全員であの喜納昌吉の有名な曲「花」を唄い、次にベトナム人の年配の実力派歌手My Leが「おとうと」を唄って幕が開きました。
TAKAHASHIさんの手話による歌やKITAGAWA TETSUさんの日本国憲法の歌にもベトナム人も、事前にベトナム語に一部翻訳されていたこともあり、熱心に聴き入っていました。
驚いたのは膝から下が両方ともない子が、日本の歌手が一曲歌い終わると、驚くべき速さで舞台に駆け上がり、花束を贈っていた光景です。
ベトナムでは舞台上の歌手に、観客が花束を持って上がって渡すというのは普通の習慣ですが、そのスピードには驚きました。
ベトナム側から参加した歌手たちは日本語の歌を唄い、日本から参加した歌手たちも、ベトナム語で挨拶を返したりするなどして、ベトナム人の観客も大いに喜んでいました。
最後に日本・ベトナム双方の歌手が、「大勝利の日に、ホーおじさんがいるようだ」という、ベトナム人なら誰でも知っている有名な曲を最初はベトナム語で、次に日本語に訳した歌詞を日本語で歌って終りました。
大変印象的なコンサートだったと思います。
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