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留学前は、ひたすら英語での会話練習をした。あるテーマについて、あらかじめ単語などの下調べをしておき、ネイティブの先生相手に2時間ぶっ続けで討論する。かなり苦労したが、この練習は後々かなり役に立った。あとは、日本のことを学ぶのに費やした。外国に行って、自分の国について聞かれて答えられないほど悔しいことはないからだ。また、どんな逆境にも耐えられるように、甘い期待をできるだけふり払い、異文化に置かれた自分の最悪な状況を想像しながら、そんな時に自分がどういった行動を取るのかなどのイメージトレーニングをしていた。
その成果があったのか、実際にアメリカへ行ってみると耐えられないほどつらいことはほとんどなかった。毎日が驚きの連続で、最高にエキサイティングだった。といってもそれは今だから言えること。留学生活を始めたばかりの頃は、戸惑うことも多かった。
私の通った公立高校は、生徒数が多く、留学生は珍しくも何ともない存在だった。留学生だから会話力がなくても大目に見てあげようとか、スラングがわからなくて当然だなどという特別扱いはない。積極的に話しかけても話が弾まず、落ち込んだこともあった。
でも、英語力がないからもうダメだなんてことはない。そう、日本文化の紹介というとっておきの秘密兵器があるのだ。日本から持ってきた写真や文房具、5円玉、お菓子などをネタにすると、たいていの人が身を乗り出してくる。漢字で名前を書いてあげたりすると本当に喜ばれる。そうやって英語力のなさを補いながら友達の輪を広げていった。
毎日学校から帰ると、どんな小さなことでもホストファーザーに報告した。私がホームシックにかかることもなく、楽しく自然体で生活できたのは、無償の愛で私を1年間支えてくれたホストファミリーの存在があったからだ。彼らの前では、悩んでいるときにも自分の気持ちをさらけ出し、また笑顔に戻ることができた。
実は帰国する直前に、信仰の違いなどから、ホストファミリーともめたことがあった。その時は本当につらくて、泣きつづけた。そんな時、日本の両親が電話でかけてくれた言葉を、私は今でも忘れることができない。「お母さんとお父さんは、みなを信頼しているから。」離れてみてはじめて、両親がどれだけ私のことを想い、信頼してくれているかを知った。その後、幸いホストファミリーとの関係も完璧にもとに戻り、気持ちよく帰国することができた。
この1年間、心をスポンジのようにして、アメリカの文化やアメリカ人の考え方など、多くのことを吸収した。どんなに難しく見えても、よい結果を信じて体当たりすれば必ず成しとげられる。そう思えるようになった。
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